東京高等裁判所 昭和58年(ネ)2815号 判決
控訴人 株式会社小川油店
右代表者代表取締役 小川司
控訴人 亡斎藤繁松承継人 斎藤勝利
右両名訴訟代理人弁護士 高橋信正
被控訴人 有限会社平和石油(旧商号 有限会社ワタナベ石油)
右代表者代表取締役 久郷正勝
右訴訟代理人弁護士 澤田利夫
主文
1. 本件各控訴を棄却する。
2. 控訴人株式会社小川油店の当審における新たな請求を棄却する。
3. 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
一、控訴人ら訴訟代理人は、「1 原判決を取消す。2 被控訴人の請求を棄却する。 3 被控訴人は控訴人株式会社小川油店に対し、原判決添付別紙物件目録記載の土地及び同目録記載の建物を明渡し、かつ、昭和五四年四月七日から右明渡ずみに至るまで一か月金二万六二〇〇円の割合による金員を支払え。4 被控訴人は控訴人株式会社小川油店に対し、金三九九万四一一三円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。5 被控訴人は控訴人斎藤勝利のため揮発油販売業者登録(登録番号東第一二九〇四号)について、揮発油販売業法八条一項に基づき同法四条一項一号の氏名及び住所を同控訴人の氏名及び住所に変更する旨の東京通商産業局長に対する変更登録手続をせよ。6 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文1.2項同旨の判決を求めた。
二、当事者双方の主張及び証拠は、次のとおり訂正、付加するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
1.(一) 原判決三枚目裏七行目「昭和五五年」を「昭和五四年」と改める。
(二) 同七枚目裏四行目「認める。」を「被控訴人が本件土地の所有者である大伴平に対し本件土地の賃料相当額の金員を供託していることは認めるが、被控訴人が本件土地につき賃借権を有することは否認する。」と改める。
2. 控訴人の主張
(一) 原判決は、被控訴人と亡斎藤繁松との間に締結された本件建物等の売買契約が有限会社法四〇条一項一号にいう営業の全部又は重要なる一部の譲渡にあたるものとしているが、これは誤りである。
営業譲渡とは、一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産の全部又は重要な一部を譲渡し、これによって、譲渡会社がその財産によって営んでいた営業的活動の全部又は重要な一部を譲受人に受け継がせ、譲渡会社がその譲渡の限度において法律上当然に競業避止義務を負う結果を伴うものをいうと解される(最高裁判所昭和四〇年九月二二日大法廷判決、民集一九巻六号一六〇〇頁)。
しかし、本件建物等の売買契約は、譲渡人の営むガソリンスタンドの一か所の建物、付属設備、在庫品の売買と営業許可免許の書替承認にすぎず、譲受人に営業活動が承継されるということはなく、譲渡人が法律上当然に競業避止義務を負うということもない。従って、本件建物等の売買契約は、営業の全部又は重要なる一部の譲渡にはあたらない。
(二) 当審における新たな請求(反訴予備的請求原因)
控訴人株式会社小川油店は、本件土地上の建物につき同控訴人のために所有権移転登記を経由しているから、本件土地につき対抗力ある賃借権を有する。よって、右賃借権に基づき被控訴人に対し、本件土地の明渡を求める。
2. 被控訴人の主張
(一) 被控訴人と斎藤繁松との間の本件建物等の売買契約は、単に個別財産として譲渡されたものではなく、組織化され、有機的一体をなす営業財産全部として譲渡され、営業活動も承継されるものであった。被控訴人は、資本金僅か三〇〇万円の零細企業であって、その営業目的はガソリンスタンドの経営であるところ、本件建物に所在するスタンドが主たる営業所であったのであるから、本件建物なしには控訴人の操業継続は不可能であった。しかも、売買の目的物件には計量器、地下タンクその他給油に必要な設備一切を含み、買受人のためガソリンスタンド営業に必要な役所関係の手続一切を行うこととされていた。よって、本件建物等の売買は営業の重要な一部の譲渡にあたる。
(二) 訴外渡辺敬吉は、被控訴人の代表取締役印を勝手に改印して本件建物等の売買契約を締結し、その売買代金は同訴外人がすべて費消してしまった。同訴外人は、訴外有限会社フルヤ商事所有の給油施設まで無断で売却したのであるが、フルヤ商事はこれを承諾していない。
理由
一、当裁判所は、被控訴人の控訴人らに対する本訴請求を正当として認容すべく、控訴人らの反訴請求をいずれも失当として棄却すべきものと判断する。その理由は次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の理由と同一であるから、その記載を引用する。
1. 原判決八枚目表三行目「当時者」を「当事者」と改め、五行目「第三、」を「第三ないし第六号証、第一一号証」と改め、「乙第一号証、」の次に「第一一号証」を加える。
2. 同八枚目裏八行目「1」から一〇枚目裏一行目「ほかはない。」までを、次のとおり改める。
「(一) 被控訴人(旧商号 有限会社ワタナベ石油)は、昭和五〇年七月二八日ガソリンスタンドの経営及びこれに付帯する一切の業務を営むことを目的とし、出資一口の金額一〇〇〇円、資本の総額三〇〇万円、本店栃木県大田原市紫塚二六七一番地として設立された有限会社であり、出資金全額を訴外古家博が負担したが、形式上渡辺敬吉が一〇〇〇口、形山貞夫二〇〇〇口出資したこととし、渡辺敬吉が代表取締役、形山貞夫が取締役に就任した。その後渡辺敬吉は昭和五〇年一〇月二〇日その形式上有していた出資口数一〇〇〇口を古家博に譲渡し、被控訴人は、同年一〇月三〇日社員総会を開催し、右譲渡を承認する決議をした。
(二) 被控訴人は栃木県那須郡西那須野町にガソリンスタンドを所有し営業していたが、昭和五一年一月ごろ大伴平から本件土地を賃借し、本件土地上に本件建物を建築し、宇都宮地方法務局氏家出張所昭和五一年三月一八日受付第二〇九〇号をもって被控訴人のために所有権保存登記手続をし、本件土地に訴外有限会社フルヤ商事(代表者古家博)が設置した地下槽、計量機等の給油施設をフルヤ商事から借受け、その頃から本件土地、建物においてガソリンスタンドの営業を開始した。本件土地、建物における営業の実務は主として代表取締役である渡辺敬吉が担当したが、被控訴人の代表取締役印は古家博が保管し、渡辺敬吉の給料は古家博から毎月一定額が支給されていた。取締役形山貞夫は非常勤であった。
本件土地、建物におけるガソリン等の販売実績は、ほぼ西那須野町の営業所の三倍に達していた。
(三) しかるに、渡辺敬吉は、古家博及び形山貞夫に無断で被控訴人の代表取締役印を改印し、被控訴人代表者(売主)として、昭和五四年二月七日斎藤繁松(買主)との間において、本件建物、本件土地賃借権及び本件土地に設置された給油施設一切を、本件土地、建物におけるガソリンスタンドの営業権とともに売買代金二三〇〇万円(税金対策上の代金額は一六〇〇万円)、買主は契約締結と同時に手付金として三二〇万円を支払い、売主は昭和五四年二月二六日までに、買主又は買主が指定する者に本契約物件を引渡し、かつ、所有権移転登記手続をし、本件土地賃借権を買主又は買主の指定する者に譲渡するについて地主の承諾を得ること、これらと引換えに買主は売主に対し残金一九八〇万円を支払うこと、売主は買主に対し本件建物の所有権移転に際し、揮発油販売業者登録通知書、危険物取扱所設置許可証(ガソリン、灯油、軽油関係)及び完成検査済証を引渡すこと、買主は売主に対し昭和五四年四月六日までは本契約物件を使用し営業を継続することを認める旨の売買契約を締結した。
(四) 右売買契約締結につき、渡辺敬吉は有限会社法四〇条一項、四八条に定める特別決議を経なかった。
(五) 斎藤繁松は、昭和五四年二月七日右売買契約締結と同時に被控訴人代表者渡辺敬吉に対し手付金三二〇万円を支払い、同月九日から二六日までの間に残金合計一九八〇万円を支払い、本件建物につき斎藤繁松のため、宇都宮地方法務局氏家出張所昭和五四年二月八日受付第一〇八九号をもって、所有権移転請求権仮登記手続をし、同出張所昭和五四年三月一二日受付第二一四一号をもって、同年二月二六日売買を原因とする所有権移転登記手続をした。
(六) 斎藤繁松は、本件建物及び給油施設を被控訴人より買受ける前から控訴人株式会社小川油店にこれを転売する約束をしていたところ、昭和五四年三月一五日控訴人株式会社小川油店に対し本件建物、本件土地賃借権及び本件土地に設置された給油施設一切を営業権とともに売渡し、本件建物について同出張所昭和五四年三月一九日受付第二四三八号をもって右売買を原因とする所有権移転登記手続をした。
(七) 古家博は、渡辺敬吉が被控訴人の代表取締役印を改印(甲第五号証)し、本件建物等を無断で売却したことを知り、昭和五四年三月二九日被控訴人の代表取締役印を更に改印し、同年三月三〇日渡辺敬吉は被控訴人の代表取締役を退任し、同日山田章が被控訴人の代表取締役に就任し、同日右退任及び就任に関する登記手続をした。被控訴人は、昭和五四年四月七日控訴人株式会社小川油店が本件土地、建物及び給油施設の引渡を求めたので、その引渡を拒絶した。なお、被控訴人の代表取締役印が改印されたため、控訴人株式会社小川油店は東京通商産業局長に対する揮発油販売法に基づく登録変更手続をすることができなかった。
以上の事実を認めることができる。
ところで、有限会社法四〇条一項一号にいう営業の全部又は重要なる一部の譲渡とは、一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産の全部又は重要な一部を譲渡し、これによって、譲渡会社がその財産によって営んでいた営業的活動の全部又は重要な一部を譲受人に受け継がせ、譲渡会社がその譲渡の限度に応じ法律上当然に競業避止義務を負う結果を伴うものをいうものと解すべきである(最高裁判所昭和四〇年九月二二日大法廷判決民集一九巻六号一六〇〇頁)。
本件において、前記認定事実によれば、本件建物、本件土地賃借権、本件土地に設置された給油施設等は、被控訴人の本件土地、建物におけるガソリンスタンド営業のため組織化され有機的一体として機能する財産であり、しかも、被控訴人の所有する財産のうち最も重要な部分であって、これらを本件土地、建物におけるガソリンスタンドの営業権とともに斎藤繁松に対し一括売却することにより、斎藤繁松又は同人からの転買人が本件土地、建物におけるガソリンスタンド営業を受け継ぎ、その反面被控訴人は本件土地、建物においてガソリンスタンド営業を続行することが不可能となるのであるから、被控訴人、斎藤繁松間の本件建物等の売買契約は有限会社法四〇条一項一号にいう営業の重要なる一部の譲渡にあたるものというべきである。しかるに、右売買契約は、前記のとおり被控訴人において同法四〇条一項、四八条に定める特別決議を経ていないから、無効であるといわなければならない。
よって、斎藤繁松は、被控訴人との間の本件建物等の売買契約によっては本件建物の所有権、本件土地の賃借権を取得しなかったものであり、その結果控訴人株式会社小川油店は、斎藤繁松との間の本件建物等の売買契約によっては本件建物の所有権、本件土地の賃借権を取得しなかったものである。」
3. 同一一枚目表四、五行目「反訴請求に対する原告の抗弁事実は当事者間に争いがなく、これによれば」を「前記認定事実によれば、控訴人株式会社小川油店は被控訴人ないし斎藤繁松から有効に本件土地賃借権の譲渡を受けたものではなく、仮に同控訴人が地主の大伴平から本件土地を被控訴人ないし斎藤繁松からの賃借権譲受によってではなく新たに賃借したとしても、本件建物につき同控訴人のために経由された所有権移転登記は実体上の権利を欠く無効なもので、被控訴人の本訴請求を認容することにより抹消を命ずべきものであるから、右賃借権は被控訴人に対し対抗力を有するものではなく、」と改める。
二、控訴人株式会社小川油店の当審における新たな請求(反訴予備的請求原因)の理由のないことは、右に述べたところから明らかである。
三、そうすると、原判決は相当であって、控訴人らの本件各控訴は理由がないからいずれもこれを棄却し、控訴人株式会社小川油店の当審における新たな請求も理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 川添萬夫 裁判官 新海順次 佐藤榮一)